
歴史学の専門家の議論に加え、専門外の人々も多く参加する「邪馬台国論争」も古代の覇権の所在は「九州か?」「畿内か?」の二者択一の一辺倒の感が ありました。しかし近藤先生(岡大)の研究成果などにより、古代、吉備(岡山)は日本の中心地のひとつであったことが明らかになってきました。その論争に むかっていよいよ本命「邪馬台国吉備説」を中心に古代史への議論を深めて参りましょう。もちろん現在の資料で邪馬台国を特定することはどの地域においても困難ではありますが、「謎解き」の過程において「日本人」の本質に迫ることが多くの方々の興味共感を得るものと信じています。 また、本HPを通じて岡山の文化遺産の再発見をすすめ、郷土へのより深い誇りと愛情を醸成し、ひいては県内の観光産業の興隆の一助となればなによりの幸いです
「吉備の歴史と文化を学ぶ会」
吉備特殊器台
©岡山県立博物館